生産者紹介
関東ブロック ブロック長 肥沼 一郎 氏 | |
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自然農法成田生産組合の会長。 「ニンジンができないっ!」という苦労を乗り越えて、今では、味も形も素晴らしいニンジンを育てています。 その変化のきっかけはとは…… ■2代目の骨太な農家さん 肥沼 一郎さん。先代のお父様が自然栽培を始められた自然栽培歴20年以上の農家さんです。肥沼さんが2代目となります。 肥沼さんは様々な経験をされています。自然からダイレクトに学ぶ農家の言葉は、時に含蓄を帯びます。 肥沼家は肥沼さんのご両親が友人に薦められて自然栽培を開始しました。自身の動機としては、農薬を使わない農業がしたいということでした。 最初に始めた畑でのニンジンの出来栄えは、素晴らしいの一言に尽きたそうです。今までの一般栽培より、ぜんぜん収穫量が多かったそうです。でもそれは、これまでのニンジン作りで畑に投入した肥料の残り"残肥"によるもので、その残肥で育っていたからでありました。 ■ 全く育たなくない! しかし、2年目には全く育たなくなりました。全くです!いよいよ土に残っていた肥料が切れてしまったのです。 通常のニンジンであれば、300坪で2〜3トンが収穫できるのです。しかし、肥沼さんのニンジンは……たったの300kg!出荷できない仕上がりのニンジンを、取っては捨て、取っては捨て…… 「何のために作っているんだろう……。肥料を使わずに、本当にできるのだろうか?このまま収量が上がらなければ食べてはいけない……」 それでも肥沼さんは土を深く耕し小麦を植えるなど、仲間に教わった土の浄化と土作りを行なっていきます。でも野菜はできない。最初に始めた畑が最も育ちが悪く、作っては捨てる日々が続きました。 「畑ができの悪いニンジンで埋め尽くされ、真っ赤になりました。正直続けようか悩んだこともありましたよ」 それでも環境のことを考えると、この栽培しかないという思いは消えなかったそうです。 ■貫けた動機 肥沼さんがいいます。 「通常の農薬や肥料を使う農業をやっていても、どうしようもない現実に何度と無く直面しました。やればできる農業だけど、なんの魅力もあるわけではなかった。実際に農薬と肥料を使うのはお金もかかるし、手間もそれなりにかかる。それを使わずに済んだらそんな良いことはありません」 「実際に肥料、農薬に頼らず自然栽培でできたニンジンがある。仲間が証明してくれた。そのニンジンの美しさといったら……一人だけじゃないという仲間の存在は非常に救いになりました。そして、何よりも無農薬の野菜を作りたいという気持ちがあったからこそ、今日まで貫いてこれましたよ」 父の代からここまで自然栽培をやってきて元に戻してしまうのも、気が進まなかったそうです。そして地下水も汚すことがなく、農薬を使わないこの栽培しか未来はないという思いも、年々自分を動機付ける力となってくれました。 ■突きつけられる現実 しかし、思いはあれど、ニンジンは全くとれない。 現実がついてこない。 悩む日々が続く。 「自然がその都度、できる!という姿を垣間見せてくれていました。そのことに感動して続けてこれました。自然栽培は、そのような自然の『生きる力』や素晴らしさを感じることができる農法です。その魅力と自分が感じた感動を多くの人に伝えたいと思っています」 ■摂理の断片 当時、それまでの土作りから、もう一歩踏み込んで行ったことがあります。それは今一度、土の中に残っているであろう農薬や肥料を抜くという作業です。土の性質や作物の仕上がりを観察する、小麦などを植えて土作りをするなど。 ニンジンの収穫時、肥沼さんは畑で唖然としました。自分の目を疑うような光景。なんと、全く駄目だった畑で、大きく、そして美しい肌のニンジンが存在していたのです。奥様の美智子さんも、「本当にうちの畑のニンジン!?」と何度も肥沼さんに確認するほど。 肥沼さんの畑は20年以上無農薬、無肥料です。自然栽培で栄養を全く与えていない、野菜が全く取れなかった土地です。つまりそこに栄養分がある肥料など残っていない土でした。さすがに残肥の影響とは考えにくい。それにも関わらず、突如ニンジンが取れるようになったのか? ■自然栽培とは!? 「そもそも土には偉大な力がある。太陽や月の力と合わさり、その土の力は発揮される。しかし、農薬や肥料などの不純物がその力を阻害している。その阻害要因を取り除けばおのずと作物は育つ」というのが自然栽培の考え方です。 理屈では分かります。でもそれが本当にできるところに大いなる自然のドラマと、この自然栽培の可能性があります。 ■肥料無くとも、野菜が育つ 実際、土中に残る肥料がなくなったときに作物は育ち始めるのです。 現代の農業学の視点で考えると本当に不思議なことですが、自然では当たり前のことなのです。 同じく自然農法成田生産組合の高橋 博さんが言います。 「自然栽培でも土をつくるために、さまざまな植物を使う。その植物すら育たなくなったくらいがちょうどいい土なんだ。そうなって初めて、土は偉力を発揮するんだ」 そのとき、作物は太陽と月と地球、大きくいってこの三つの大自然の力で育っていることを人間は実感するのだといいます。それしか考えられないと高橋さんも思ったのだそうです。 ■役割を帯びる土 なぜ草が育たなくて、野菜が育つのか?率直な質問を肥沼さんにぶつけました。 「草を育てる土と、野菜を育てる土の役割が違うんですよ」 不思議な話があります。肥料成分を抜くために、いくつか肥料を抜く力の強い草がある。その草だけを栽培していると、やはり土は作物を作るための土になっていかないのだそうです。それで小麦を使うようになり、その麦をしっかり使うことで、土は作物を実らせる使命を帯びてくるのだといいます。 麦から教えられたことはたくさんあります ■自然に近づけ 今では立派な人参が育っています 夏の訪れを感じる暑い日、肥沼さんの畑では小麦が一面いっぱいに、凛とした姿で育っています。 以前、土つくりのために、小麦を植えても、パラパラと分けつ(※)もせずほとんど育ちませんでした。ところが、今はしっかりと分けつして、丈も長く育っています。 ※最初数本だった株が、何本にも分かれて増えること 「ムラ無くきれいに育てるというのが、農家にとっては重要な技術です。肥料を入れなくても育つニンジン。この現実を前にすると「なぜできるのか?」という疑問とは別に、私の中にも「自然の偉大さにもっと近づきたい」という気持ちがふつふつと湧いてきます」 "縁の下の力もち"でもあるパートナーの美智子さん(奥様)は言います。 「農業のことはわからなくて、嫌々やり始めたようなものだったけど、あの人が信念をもって取り組んでいることと、このニンジンの育ち具合の変化だけは本物だと思う」 ■進化と感動のある農業 肥沼さんはいいます。「問題に向き合った時、全てが変わった」と 「ただ肥料、農薬を使わないでやっている間は駄目だった。10年やっていても同じだった。自然を観て、自然栽培として土づくりをすることを本当に、真剣に考えて取り組んだときにできました。具体的には土の状態を観ながら、麦やコブトリ草で肥料を抜いたのです」 苦しみ育たぬ姿を見ていたからこそ、土という自然が出してくれた答えに、ただただ感動するばかりだと言います。 「私にとっての自然栽培とは、進化と感動を感じられもの。それが土と自分の間にある。そんな楽しい成長をもたらしてくれるものです」 自然を相手にしながらも、自然をモノとしか捉えない現代農業のあり方。自分と土と大いなる宇宙の摂理に挑む自然栽培。両者にある違いは、物質的には肥料や農薬を与える、与えないという違いだけですが、そのベクトルは全く違うもの。そのことを改めて感じることができました。 「肥料なしにどうして野菜が育つのか?」 そのことは肥料が切れた後の肥沼さんの畑で育ったニンジンの姿に集約されます。そう問うのと同時に、 「肥料にどうして頼らないとならないのか?」 という、両側面から真剣に問うことが、本質の解決につながるのではと考えています。 ■ 肥沼 一郎氏からのメッセージ 今年は、にんじんの連作3年目の場所があります。連作してもよくなっていくという証明ができればと思っています。 まだ日本中に完璧な自然栽培の土を持っている人はいません。それができるかどうかは、作る私たち次第。みんなでよい意味で競争していきましょう。 30年やってきて思いますが、自然栽培はできていると思うことがあるかもしれませんが、できてはいません。突然、良くなることもあるし、悪くなることもある。私も取れなかったときは、ひとつも面白くなかった。苦痛でしかなかったのです。それでも自然農法成田生産組合の先輩には、収穫できている人がいて、全面積に取り組んでいる人がいました。それが励みでした。 いま、すでに先駆者の取り組みの型は全国にあります。できている事実がある以上、それ以上のことを目指すことができるはずです。関東ブロックのブロック長という大役をいただき、大いにいただいた役割をはたせればと思っています。 |